「わかる」の意味 
今日、ある本を読んで、
『なるほど!!』
と、とても納得のいく、いわゆる「腑に落ちる」内容に出会いました。

それは、「わかる」ということの意味について。

今まで私の中では、「わかる」というのは、その内容に「共感」したり、「納得」できたり。
「理解できる」=「腑に落ちる」「しっくりくる」といった、感覚を通して「わかる」という体験と
セットにしてきたように思います。

文の中に書かれていることの意味が、自分の中で「モノになる」感覚。
数式の示す意味が「自分で実感できる。他の何かにも置き換えられる。=解ける」という体験。
ですから昔は、頭で「わかった(と思った)こと」を、すぐに実感と結び付けようと(無意識ですが)していました。
別の問題を実際に解いてみたり、声に出して確認して刻み付ける。定着させる。体におぼえさせる。
だから、「実感したがる」くせがありました。

わかる」=「しっくりくる」「腑に落ちる」といった感覚とセットになっている、ということなんですね。

ところが、この「わかる」ということを、別の言葉で表現する人もいます。
「目に浮かぶ」「イメージできる(イメージがわく)」「明らかだ(明らかになった)」
逆に、あまりよくわからないことを
「ぼやけている」「はっきりしない」「まだイメージがわかない」
といった言葉であらわす。
つまり、「わかる」=「はっきりしたイメージが見える・描かれる」という感覚なのでしょう。
「目の前が開かれるようにクリアになる」という事実。

また、こんな人もいるそうです。
「〜にというように聞こえた」「(話を聞いて)わかった」
「わかったこと」=自分が理解したことを別の表現に置き換えて、言葉で説明してみる、
という行動を多くとる。
わかる」=「言葉で説明できる。言葉に置き換えられる。」
ストーリーのように、情報(言葉)がつながってスルスルと出てくる感覚。

さあ、どうでしょう?

以前にも書いたことがありますが、
これは、情報処理にどの優位感覚が働いているか、をあらわしているんですね。
視覚的にイメージしたり、理解できる(自然とそうなることも含めて)、
または、わかろうとするタイプ。
耳で聞いたものや言葉、そのつながり(ストーリーや情報の連関)でイメージしたり、
理解しようとするタイプ。
自分の感覚(体感・触感など)を使って、イメージしたり、理解しようとするタイプ。

もし、話している相手が、(それは子どもであっても大人であっても)
自分が話をするときどんな反応を示しているか、「わかった」とき、「伝わった」とき、
どんな風に「わかった」表現をしているか。
そこには、コミュニケーションの大きなヒントがあるんだと、あらためて気づきました。

「この人にはなかなかわかってもらえない」と、嘆いたりイライラする前に、
1度チェックしてみませんか?

「私は、どんな前提で『相手はわかるはずだ』と思っているんだろう」
「私は、どんな風に相手に伝えたんだろう」
「相手は、わからないことを「どうわからない」「何がわからない」と言ったんだろう」
「相手は、「わかる」ことを、どの時点で「わかる」というんだろう」

そこに、もしかすると自分の「わかる」とは違う「わかる」が潜んでいるかもしれません。

だから、子どもに何かをおしえるときも、
相手が「わかる」ための方法は、自分の得意な方法だけでなく、
いろんなアプローチ方法をもっていたいと思います。
「目で見て」「耳で聞いて」「体を使って」覚えたり、理解したりできる。

それらを通して、子どもの理解力も上がり、また私たちの教えるスキル・伝える力も
上がっていくんだと思いました。

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私は人と人とのコミュニケーションにとても興味があり、
「どうやったらうまく伝わるか」「どうしたら相手のことをより理解できるか」
といったことを、(大げさに言えば)人生のテーマの1つにしています。

自分が素の状態で「ウマが合う」人たちとの交流、
それはそれでとても素敵だし、人生の宝物という気がしますが、
一方で、どんな人ともコミュニケーションをとって、
どこか接点を見つけたり、知りたい・わかりたい、という、
それを追い求めているところもあります。

でもそれは、なかなか根気のいることです。
困ったことに、私は、短気でわがままなところがあるからです。
ついつい、「何でわかってくれないんだろう。」という自分の感情が邪魔をします。
それでいて、「相手をわかろう・自分をつたえよう」ということを、
なかなかあきらめないしつこさもあります。

ですから、今日も、あっちへぶつかりこっちへぶつかり、自分の感情とも闘いながら、
そんな不器用な格好で、今日も人とコミュニケーションをしつづけています。

人生はまだまだ長い。
これからもがんばります

テーマ:教育 - ジャンル:学校・教育
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わかる="自分なりの"納得感

だと思います。

ただ、その人の「納得ボタン」が
どこにあるのか? どう押せばいいのか?
それを探していくことも、楽しんでいます。
【2008/03/28 17:00】URL | NLPapa安徳 #-[ 編集]
NLPapa安徳さん、こんにちは!

わかる=“自分なりの”納得感。
そうかもしれませんね。
相手の中のボタン探し、私もそれを楽しんでいます。
コミュニケーションの過程も、そこから生み出されるものも
どちらもとても貴重なものだな、と感じています。
【2008/03/28 17:10】URL | kerori #-[ 編集]















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約一ヶ月ぶりになってしまいました。私事ではありますが就職活動中でありまして忙しくしております。面接やハローワークなど出かけるのはほとんどが就職活動のため。そんな私を子供たちはどう思っているのだろうか?先日は長女が会社に行ってきたの?ときいてきたので面接...
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プロフィール

kerori

Author:kerori
人と話すことが大好き。10年にわたり、子どもたちに英語を教えた経験をもっています。

ふと気づいたら、周りには”働くママ””新米ママがたくさん!
そんな、”きらっと光る”がんばるママたちの応援ができればいいな。ママたちが、一人でも多く元気になると嬉しいな。
そんなことを考えるこのごろです。

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