2007.04.04 Wed
ある男の子(★)とお母さん(☆)の会話。
★『ねえねえ、お母さん。みどりはカエル?』
☆『そうね〜。カエルさんは緑ね〜。』
★『しろはうさぎさんだね?』
☆『そうねー。(何かをしながらのあいづち)』
★『ねえねえ、しろはうさぎさんでいいの〜?』
☆『(やさしい口調で)そうよ。うさぎさんは白いでしょ?』
★『「しろい」じゃないよー、「しろ」だよ。』
☆『「白い」も「白」もおんなじよ。』
★『じゃあ、ほかには〜?』
☆『(??)ほかってなあに?』
★『…みどりはカエルだしぃ…(ちっちゃな声で)』
☆『そうね。』
★『あとは…』
(しばし、考える男の子)
★『あ!きいろもあった!』
☆『きいろはなあに?』
★『(嬉しそうに、すかさず)きいろは”ちよこ”(おそらくひよこ)でねー、しろはウサギでしょー…』
一生懸命な男の子の様子がほほえましく、
しばらくやりとりに見入ってしまいましたが、
このやりとりで、面白いことに気づきました。
最初に、「あれ!?」と思ったのは、
男の子とお母さんの微妙なニュアンスの違い。
男の子は、
「○○(色)は△△(生き物)だよね」という言い方をしていて。
なんだか、覚えた色を一生懸命伝えようとしている、
そんな感じがしました。
「この色は、△△だね」って、知ってる動物にあてはめて
一生懸命、そのことを披露しているような。
一方、お母さんは、
「そうね。△△(生き物)は○○色ね。」
という言い方をしていて。
それは、そのとおり。
まちがっていることではないんです。
でも。少しだけ、ほんの少しだけ感じた違い。
やりとりを聞いて、男の子の様子を見ているうちに思いました。
もしかすると、男の子は、
その自分の伝えたい「ど真ん中の感じ(ニュアンス)」と
ちょっと違っているように感じたのかなあ。
そしてそれが、そのあとのやりとりにつながっていったのかな、と。
しろい、と、しろ にこだわったところ。
「○○(色)は△△(生き物)だね」と言い続けたところ。
どことなく、その伝え方にこだわりを感じ。
お母さんとの会話の中で、本能的に
「ボクのいいたいのと、まだぴったりじゃない。」
って感じたのかな、なんて。
私は、そんな風に思いました。
だからこそ、「きいろ」のくだりで、
お母さんが「きいろはなあに?」
っていう聞き方をしたとき、男の子とお母さんの会話が
同じ呼吸になった気がしたのです。
そのときの、男の子のすっきりしたような得意げな顔。
うれしそうに、すかさず「きいろはねー…」と返事をしたこと。
私にはそのことが、
子どもが本能的に感じ、こだわった
ことばや会話のニュアンスの「ぴったり感」
なのかもしれないなあ、
そんな風に思えたのでした。
また、ひょっとすると、
自分の伝えたありのまま、「そのまんま」を受けとめてもらえた。
それが嬉しかったのかもしれません。
いずれにしろ、
ことばを感じる力、伝える力というのは、
子どもにもしっかり感覚として身についている。
それが感動的でした。
PS.親子の会話の解釈。それが正しかったのかどうかは、
そのことばを使った、あの男の子本人にしか
実はわからないんですけどね。
★『ねえねえ、お母さん。みどりはカエル?』
☆『そうね〜。カエルさんは緑ね〜。』
★『しろはうさぎさんだね?』
☆『そうねー。(何かをしながらのあいづち)』
★『ねえねえ、しろはうさぎさんでいいの〜?』
☆『(やさしい口調で)そうよ。うさぎさんは白いでしょ?』
★『「しろい」じゃないよー、「しろ」だよ。』
☆『「白い」も「白」もおんなじよ。』
★『じゃあ、ほかには〜?』
☆『(??)ほかってなあに?』
★『…みどりはカエルだしぃ…(ちっちゃな声で)』
☆『そうね。』
★『あとは…』
(しばし、考える男の子)
★『あ!きいろもあった!』
☆『きいろはなあに?』
★『(嬉しそうに、すかさず)きいろは”ちよこ”(おそらくひよこ)でねー、しろはウサギでしょー…』
一生懸命な男の子の様子がほほえましく、
しばらくやりとりに見入ってしまいましたが、
このやりとりで、面白いことに気づきました。
最初に、「あれ!?」と思ったのは、
男の子とお母さんの微妙なニュアンスの違い。
男の子は、
「○○(色)は△△(生き物)だよね」という言い方をしていて。
なんだか、覚えた色を一生懸命伝えようとしている、
そんな感じがしました。
「この色は、△△だね」って、知ってる動物にあてはめて
一生懸命、そのことを披露しているような。
一方、お母さんは、
「そうね。△△(生き物)は○○色ね。」
という言い方をしていて。
それは、そのとおり。
まちがっていることではないんです。
でも。少しだけ、ほんの少しだけ感じた違い。
やりとりを聞いて、男の子の様子を見ているうちに思いました。
もしかすると、男の子は、
その自分の伝えたい「ど真ん中の感じ(ニュアンス)」と
ちょっと違っているように感じたのかなあ。
そしてそれが、そのあとのやりとりにつながっていったのかな、と。
しろい、と、しろ にこだわったところ。
「○○(色)は△△(生き物)だね」と言い続けたところ。
どことなく、その伝え方にこだわりを感じ。
お母さんとの会話の中で、本能的に
「ボクのいいたいのと、まだぴったりじゃない。」
って感じたのかな、なんて。
私は、そんな風に思いました。
だからこそ、「きいろ」のくだりで、
お母さんが「きいろはなあに?」
っていう聞き方をしたとき、男の子とお母さんの会話が
同じ呼吸になった気がしたのです。
そのときの、男の子のすっきりしたような得意げな顔。
うれしそうに、すかさず「きいろはねー…」と返事をしたこと。
私にはそのことが、
子どもが本能的に感じ、こだわった
ことばや会話のニュアンスの「ぴったり感」
なのかもしれないなあ、
そんな風に思えたのでした。
また、ひょっとすると、
自分の伝えたありのまま、「そのまんま」を受けとめてもらえた。
それが嬉しかったのかもしれません。
いずれにしろ、
ことばを感じる力、伝える力というのは、
子どもにもしっかり感覚として身についている。
それが感動的でした。
PS.親子の会話の解釈。それが正しかったのかどうかは、
そのことばを使った、あの男の子本人にしか
実はわからないんですけどね。
+comments+
ほほえましい光景ですね。以前に、脳トレで有名になった川島隆太教授のある実験をNHKのtv番組でみたことがあります。
それは、子どもがただ会話をするのですが、知らない人との会話よりも、母親との会話では、脳が活性化するというものでした。なぜそうなるのかは、まだ不明だそうですが、とにかく母親との会話では脳が活性化するのだそうです。父親の場合どうなるのか、ぜひ知りたかったのですが、そこまでの言及はありませんでした。
親子の信頼関係をベースに生み出されるパワーというのはすごいものだなぁと思わずにいられません。父親もそのパワーの輪に入っていることを祈りつつ・・・
それは、子どもがただ会話をするのですが、知らない人との会話よりも、母親との会話では、脳が活性化するというものでした。なぜそうなるのかは、まだ不明だそうですが、とにかく母親との会話では脳が活性化するのだそうです。父親の場合どうなるのか、ぜひ知りたかったのですが、そこまでの言及はありませんでした。
親子の信頼関係をベースに生み出されるパワーというのはすごいものだなぁと思わずにいられません。父親もそのパワーの輪に入っていることを祈りつつ・・・
T.KUKURUさん、初コメントありがとうございます!
なるほど!
よく『なるべくたくさん、お子さんに話しかけてくださいね。』というアドバイスを聞きますが、そういう効果もあるからなのかなあ。すごく興味がわいてきました。
父親の場合どうなるか…たしかにちょっと気になるところですね。
いや、非常に気になってきましたよ!
”お父さんと子どもが作りだす信頼パワー”
もちろん、大きなものがあると私は思います。
お父さんにしか与えられないようなこと・パワーもあるかもしれない。
そのうち、「父親&子どもをベースに生まれるパワー」
そんなテーマについてのエピソードを、ぜひUPしてみたいと思います。
なるほど!
よく『なるべくたくさん、お子さんに話しかけてくださいね。』というアドバイスを聞きますが、そういう効果もあるからなのかなあ。すごく興味がわいてきました。
父親の場合どうなるか…たしかにちょっと気になるところですね。
いや、非常に気になってきましたよ!
”お父さんと子どもが作りだす信頼パワー”
もちろん、大きなものがあると私は思います。
お父さんにしか与えられないようなこと・パワーもあるかもしれない。
そのうち、「父親&子どもをベースに生まれるパワー」
そんなテーマについてのエピソードを、ぜひUPしてみたいと思います。
【2007/04/05 10:39】URL | kerori #-[ 編集]
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